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【8】  キリスト教 −アメリカ・プロテスタント教会の思い出−

80年代後半、とずいぶん昔の話ですが。
当時通っていた学校の半必修カリキュラムだった研修のため、アメリカ某州で約四週間ホームステイをしました。この研修は語学習得よりも社会見学に重点が置かれていたので、ステイ中、私はホストファミリーに誘われればどこへでも一緒に出かけていきました。

どこへでもといっても、彼らの行く先の基本は「教会」。週末のホームパーティなど、いかにもアメリカンなお出かけもありましたが、非常に熱心なクリスチャンである彼らの外出のほとんどは教会に関係するものでした。日曜の午前中と水曜の夕方には礼拝のため必ず教会へ行き、火曜の夜は友人同士で集まって開かれる聖書の勉強会があり、木曜の夜は賛美歌の練習会(クワイヤー・プラクティス)でまた教会へ行く。私はこの週に四日ある宗教関係の外出すべてにお供し、牧師らしき人のながーいお話を聴き、譜面を見ながら大きな声でジーザスあなたは素晴らしい〜とかなんとか歌ってまいりました。

ところで、教会というと窓にはステンドグラス、祭壇には大きな十字架があって賛美歌は荘厳なグレゴリオ聖歌みたいな感じをイメージされる方が多いのではないでしょうか。私もそうでした。しかし、私が連れて行かれた教会は外観も内部もイメージしたものとはまったく違っていて、そっけない市民ホールのようなところで十字架も宗教画も一切なし。牧師の説教が終わるとバンド(ドラム、キーボード、ギター、ベース、ボーカル)が演奏を始め、老若男女全員が立ち上がり両腕をあげ、リズムをとり、陶酔しながら賛美歌(これも日本人がイメージする賛美歌とはだいぶ違う)を歌う―― 「私も歌うの?一緒に踊らなきゃいけないの?」と最初はかなりあせりました。白人だけのその教会の賛美歌は、映画でよく見る黒人教会のソウルフルなゴスペルとは熱狂の種類が別ものといった感じでカントリー&ポップス?私はそこにぽつんと、ノリの悪い観客のように突っ立っていたわけです。

また、家の中でも驚かされることがたくさんありました。家族の中でも特にホストマザーは神様とジーザスと聖書が大好きで、「日本の人たちは神が彼らを愛してるってことを知っているかしら?」とか、なんとも答えにくい質問をよくしてくる人でした。出発前に学校で開かれた説明会では「貿易摩擦と宗教の話はしてはいけない」と繰り返し言われていたため、いつも適当な答え返していたのですが、彼女と話しているといつの間にかジーザスの話になってしまうのです。また、朝晩食事の前には必ず手をつなぎ目を瞑って感謝のお祈り。これは家の中だけでなく、レストランでもマクドナルドでも遊園地のベンチでも!人目なんて全然気にせず必ずやるのでビックリでした。

何年か前に『宗教からよむ「アメリカ」』(森孝一/講談社選書メチエ70/1996)の第三章「アメリカのファンダメンタリズム」を読んだとき、ホームステイで知り合った人たちのことがそこに書かれているように思いました。他の地域でステイした先輩のホストファミリーは、恐竜の化石は悪魔が人を惑わせるために作ったものだと言っていたそうです。私は宗教の話は避けていたので自分のファミリーが進化論否定派かどうかはわかりませんでしたが、ホストマザーはTV伝道師の説教を「I think so!」とか「That's right!」と言いながら聴き、また、反カトリック的発言をしていたのをよくおぼえています。でも彼らは政治や社会的なことにはあまり関心がなさそうな気がしました。一般のTV番組を見たり新聞を読んだりしているところを見たことがなかったので。

ファンダメンタリズムとは何なのか、具体的には理解できず、結局彼らの熱心さについてはずっと適当な解釈(彼らはアメリカのプロテスタントの中でも特別パワフルな教派の、非常に熱心な信者なのだろうな)をして適当に納得していたのですが、八木谷涼子さんが書かれた『知って役立つキリスト教大研究』(新潮OH!文庫/2001)の第二章「比べてみよう教派いろいろ」を読んでいたときに、これだ!と思う解説を見つけました。【ペンテコステ派】【福音派&ファンダメンタリスト】に書いてある「聖書の無誤性と無謬性を疑わず、伝道熱心、反カトリック」とか、「集団的恍惚状態ともいえる雰囲気になる」礼拝などがまさにそう。私が連れて行かれた教会も「エイ、メン!」「ハレ、ルーヤ!」と、毎回ものすごい興奮状態で終わる礼拝でした。そして、聖書の勉強会で聞いた何語かわからない言葉での祈りは、聖霊の「異言」だったのかもしれないと気づき、彼らの教派はペンテコステ派だったのかなと思うようになりました。

最近アメリカの政治に絡んでキリスト教福音派と呼ばれる人々のことが話題になります。政治の中枢にいらっしゃる人たちの時代錯誤な発言に唖然とすると同時に、ホストファミリーやあの教会であった人たちも同じなんだろうか?と気になりネットで調べてみました。はっきりとはわかりませんでしたが地名と教会名からわかったことは「アッセンブリーズ・オブ・ゴッド」。やっぱりそうだったのか・・・いや、しかし。

私がステイした街は南部ではなく、また当時は「白人が引退後に住みたいと思う街」といわれていたところでした。教会で見かけた白人以外の家族は一組だけで、そのことに違和感をおぼえはしましたが、彼らは異人種間の交際を否定するような人たち(※)ではありませんでした。だいだい短期間とはいえ無料でアジア人の学生をステイさせてくれたわけですし、ホストマザーは職業を持つ女性で、日曜礼拝のとき以外はスカートなんてはかない人でした。保守派、福音派といっても南部のガチガチの福音派とは全然違うようです。

新聞、TVで見聞きする政府高官たちがアメリカプロテスタントの代表であるかのように紹介されてしまうのはいかがなものか?『宗教に揺れるアメリカ』(蓮見博昭/日本評論社)を読むと、アメリカという強大な政治・軍事力を持った国に起きていることだから、現在の流れを危ぶむ声はわかるけれども、キリスト教の歴史からみればそれは今まで何度も起こった覚醒運動の、盛り上がりの通過点にいるからじゃないかしらと、よくわかっていない私は思うのですが。

ホームステイではとても貴重な体験をたくさんしていたのに、その貴重さを理解したのは20年近くもたってからだったのがとても悔しいです。ああもったいない。先生のいいつけを良く守る模範的な生徒だった自分が、悪いのかもしれませんけどね。


(※)周辺の街も含めて当時は黒人と白人の住む区域が結構はっきりと分かれていたように思います。彼らと一緒にいるとほとんど白人としか会わないため自分もまた白人グループに所属しているかのような錯覚を起こすほどでした。なので数年後のロス暴動の際、彼らの街にも暴動が飛び火したことをニュースで知ったときはとても複雑な気持ちになりました。

(2004/01/18)


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